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村上春樹の新刊本

1Q84』が発売前に増刷と聞いて、慌てて本屋に電話する。せっかちな本屋は早めの発売で、のーんびりした本屋は29日の発売だと…。
私はファンだから、内容が事前にわからなくても1刷が欲しいのだけど、なんだって、世の中の人が村上春樹を競って読むのだろ???イスラエルで演説したから?音楽が社会を変えてきたように、文学にも力があるだろうけどね。でもさ、この前まで、「村上春樹」はわかりやすくて、低級な通俗小説、というイメージで語られていたのに。私の知り合いに至っては「村上龍」との区別もつかず、ビートのコピー小説である、などと言っていたのである。アメリカ現代小説の影響、という意味では絶対的に間違い、というわけではないんだけどね。もっと広く深く文学に取り組んでいるんじゃないかなぁ。村上春樹の小説って、かなり、いわゆる現代文学なんだと思うんだけど。
で、無事に手に入れたんですね。初版本。ぱちぱちウッシッシ。
そんでもって、午前中、雨で退屈した母から電話がありモスバーガーで一緒にランチ。
その時に なぜ、中身も見ていないのに1Q84がそのように売れるのか? という私の疑問に対し、母が言うには、自分は村上なんちゃらの小説なんぞは読んだ事もなく、小説と言えば「ながいながいながいながいトンネルを…」てな感じであるが、察するに、近頃、世の中で小説らしい小説にお目にかかれないからではないかと。はぁ、確かにそうかもしれない。本は沢山出版されていて、その中には小説らしい小説もあるのだろうけれど、小説家らしい小説家の書く小説らしい小説、という読み物には、なかなか出くわさないかも知れない。登場人物がいて、ストーリーがあって…という。隣のなんとかさんが、こうしてああして、とか、家族の誰かがなんとかして、という読み物だったり、散文だったり、犯人は誰だ、だったりして。そんでもって、沢山、本を読んでいないと知らない作家だったり。普通に手に取れる小説らしい小説はなかなか読めないのかも知れない。
だから中身もみないうちに売れてしまう、そんな変な事が起きているのかも…。
いや、あくまで茶飲み話に過ぎないですよ。でも、そーかもなー、と、ちょっと思ったりして。そんな話でございました。

1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 1


1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 2